[第5節]in札幌ドーム:清水エスパルス戦

文/武石淳宏

“やはり勝利の味は格別”

本当にうれしかった。ゲーム後岡田監督は「Vゴールがこんなにもうれしいものだったとは、初めて知った」とその喜びを口にした。サポーターじゃあるまいし、そんな率直なコメントに接すると、きっと監督も(当たり前だが)うれしくてうれしくて仕方なかったのだろうなと思う。ドームでのゲームが終わると、福住駅に向かう行列はいつもノロノロ、ダラダラ続き、ひどく窮屈であまり気分のいいものではないのだが、この日はいつになく上機嫌な行列となった。

  • コンサスタメン
    • GK 佐藤
    • DF 森、古川、大森
    • MF 森下、ビジュ、今野、アダウト、山瀬
    • FW 播戸、ウィル
  • コンサ途中出場
    • (79分:FW播戸→FW堀井、83分MFアダウト→森川、90分MF森下→MF田渕、90分MFビジュ→伊藤)
  • エスパスタメン
    • GK 羽田
    • DF 大榎、森岡、古賀
    • MF 市川、伊東、吉田、アレックス、澤登
    • FW 久保山、横山
  • エスパ途中出場
    • (70分:MF澤登→MF平松、81分FW横山→FW山崎、100分FW久保山→FWバロン)

キックオフ前には、世界を震撼させたアメリカの同時多発テロ犠牲者を悼んで黙祷が行われた。黙祷したところで犠牲者や遺族の無念、衝撃、悲しみが癒されるわけもないが、あのショッキングな惨劇を思うと、やはりゲームはしばしの静寂から始まらなければならなかった。今年6月、コンフェデ杯の決勝で行われた黙祷、つまり大阪の児童殺傷事件の犠牲者に捧げられた黙祷にも、少しも違和感がなかったことを思い出す。

午後2時、キックオフ。立ち上がりコンサドーレはリズムを掴み、エスパルスゴールを攻めたてた。山瀬、播戸、ウィルの攻撃陣は相変わらず好調のようで、序盤コンサドーレが主導権を握ったかに見えた。しかし、7分市川にサイドを崩され、一瞬の隙をついて澤登に技ありのゴールを決められる。前節もヘッドで2ゴールを決めた澤登は絶好調のようで、その後も中盤で鮮やかなボールさばきを見せていた。特に前半はこの澤登を自由にし過ぎていて、横山や久保山と絡んでの小気味よい攻撃はさすがだった。

格上相手にあっさり先制を許したコンサだが、それでもダメージは感じられなかった。選手達の気迫がきちんと伝わってくるのだ。エスパルスは攻撃のキーマン、アレックスが精彩を欠き、森下が踏ん張ったこともあってお得意のサイド攻撃にいつもの迫力がなかったが、それでも中盤の早くて正確なパス回しはやはり一枚上だった。対するコンサも中盤のバランスを崩すことなく、積極的に応戦し好ゲームを予感させる。

ユーティリティなプレーヤーとして期待が高い森下だが、やはり本職は右サイドだと思わせた。攻守に安定した田渕もいい選手で大好きだが、豊富な運動量を見せる森下も魅力的だ。ボランチで使うのならやはり瀬戸の方がよかったと思うが、右サイドに田渕、森下と二枚揃ったのは心強い。この日はアレックスの不調もあり、森下はサイドを果敢に攻め、特に前半、こんなにも右上がりのコンサドーレは初めて見る気がした。結局0-1で前半を終えるが、本当にあっという間の45分だった。流れを壊さないジャッジも秀逸だったが、さすがエスパルス、ダーティーなプレーが皆無で、緊張感溢れる引き締まった攻防となった。

どんなスポーツにもたったひとつのプレーで流れが変わるということがある。後半開始早々のアダウトの弾丸シュートは、まさにゲームの流れを変えるスーパーなゴールだった。「目標はロベカル」だなんて「ただのビッグマウスか?」と思ったものだが、あのシュートだけならワールドクラスと言っていいかもしれない。この日の観戦はSS席で、偶然にもちょうど彼のシュートの弾道がはっきり見える位置だった。きれいに弧を描き、まさにここしかないというゴールの隅に吸い込まれていったボールの軌跡は圧巻で、きっと忘れることはないと思う。

強烈なゴールにエスパルスの選手は立ちつくし、ドームは一気にヒートアップした。先制されたことも、前半中盤の戦いで負けていたことも、そして相手が一度も勝ったことのないエスパルスだということも、全てを一瞬で吹き飛ばすスーパーゴールだった。相手DFに大きなミスがあったわけではない。またコンサドーレの組織的な攻撃が功を奏したわけでもない。ただ、アダウトの前にボールがコロコロとこぼれてきただけである。これが勝負のあやというものか。確かにエスパルスDFの寄せは一瞬遅れたと言えるかもしれないが、決してミスとは言えないと思う。あの、左アウトにかかった素晴らしい一撃が、それまでのドームのすべてを一瞬に切り裂いた。

言うまでもなくサッカーは11人でやるチームスポーツで、90分間いかに「組織的」にプレーするかが勝負のカギになる。が、しかし、そんな「組織的」などという呪縛を一瞬で吹き飛ばしてしまうようなプレーにこそ、サッカー観戦の醍醐味があるのかもしれない。もっと言えば、勝敗など二の次にして、鍛えられた肉体が生む予想もできないような究極のプレーを純粋に楽しめたら、それはとても贅沢なことなのだろう。しかし、やっぱりそうもいかないのだ。コンサに心奪われ、そんなふうにサッカーを楽しむことは久しくできなくなってしまっている。

エスパルスにとっては初めてのドーム。強烈なゴールを決められ、大歓声に沸くアウェイスタジアムは、さすがにやりにくかったかもしれない。中盤でのボール回しは相変わらず小気味よかったが、1-1のイーブンとなって勝負の行方は全く分からなくなった。

失点はしたものの、アレックスの不調もありコンサドーレはエスパルスのサイド攻撃をよく抑えていた。しかし、中盤で澤登が自由に動き回るのを許してしまっていて、これについては特にビジュが全然仕事をしていなかったように見えた。後半からは今野が澤登のマークにつき、澤登も運動量が落ちてくると、コンサドーレのチャンスも少しずつ広がってくる。最近のサッカーで、相手の司令塔にマークをつけるやり方がどこまで効果的なのかよく分からないが、少なくともこの日は成功していた。今野はいいマーキングを見せてくれた。彼は将来チームの中心選手として監督の期待が高いようだが、DFで育てるのかボランチとして育てるのか早くはっきりすべきだと思う。この日は中盤が大きくバランスを乱すことは少なく、前節アビスパ戦のコンサとは別のチームのようだった。「エスパルス相手にこういうゲームができるんだから、アビスパには勝ってほしかった」と思いながら、戦況を見つめる。

あっぱれなゴールを決めたアダウトはFKやCKでも積極的にキッカーを務め、なかなか鋭いボールが印象的だった。彼はボディコンタクトに強く、クロスも正確で、左足のキックには相当自信を持っているようだ。しかし、スピードや突破力は物足りない。とにかくアダウトの加入は攻撃の幅を広げたと思う。やはりサイドを使えるのと使えないでは攻撃力に大きな差がでる。右に田渕、森下、そして左にアダウト、和波と揃い、これからが楽しみになってきた。ただ、無理もないがアダウトは周囲との連携がまだまだで、大森とのコミュニケーション不足からか、何度か市川や伊東に切り込まれていた。そのカバーを古川が必死にやっていたのだが、そのあたりもう少しビジュが考えて動いてほしいという気がした。古川先生はよく頑張っていた。ラインを高く保ち、コンサドーレの積極的なサッカーを演出した。

アダウトの一撃で流れを引き寄せたコンサドーレは積極的な攻めを見せる。一方、エスパルスのサッカーは全く美しく、正しい。アレックスが普段どおりの働きを見せ、バロンが後半くらいから出てきたらコンサドーレは厳しかったと思う。きれいなサッカーだけでは必ずしも勝てるとは限らないが、やはりこういうサッカーをいつも見ているエスパルスサポは幸せだ。コンサドーレの運動量も落ちず、両者一進一退、いいゲームとなった。

コンサドーレの攻撃は結局ウィル次第と思われがちだが、やはり山瀬の存在も非常に大きい。彼は確実に成長しているという気がするし、この日もなかなかいい動きを見せてくれた。今季ゴールこそ少ないが、もはや彼抜きでコンサドーレの攻撃は語れないし、ある日突然ゴールを量産し始めるような予感もする。そして、後半34分、播戸に代わって新戦力FW堀井が投入された。ヴァンフォーレ、モンテディオ時代から本当に「嫌なヤツ」だったが、移籍してきた途端とても「いいヤツ」に思えてくる。直後、その堀井がサイドで粘ってボールをつなぎ、アダウトからの早いクロスが羽田のミスを誘う。こぼれたところをウィルが勝ち越し弾を押し込み、ドームはこの日2度目の大歓声に包まれた。

ゲーム前は「引き分けで御の字か」と思っていたのだが、残り10分で2-1のリード、エスパルス相手に勝ち点3が手の届くところに見えてきた。こうなると何が何でも90分で勝ってほしい。「絶対90分で勝て!」そう思った。前節アビスパ戦は仕事で行けなかったのだが、実はそのアビスパ戦のビデオをエスパルス戦の前日に見てしまったこともあり、この日はとても弱気な気持ちでドームに足を運んでいた。「体に悪いから絶対見るなよ!」という友人の忠告に素直に従うべきだったと、とさすがに後悔したのだが、あんなものを前の日に見てしまっては、どんなに楽観的な人間でも、エスパルスにはボコボコにやられることを覚悟するのではないだろうか。それがふたを開けてみたら、五分の戦いを見せてくれ、残り10分で勝利というところまできた。久しぶりに声が嗄れる。

左サイドで守備の不安定さが目につくようになり、アダウトに代わり森川を投入、逃げ切りに入る。残り時間はわずかとなり、勝ち点3に手が届きつつあった。ところが、ところがである。またしてもロスタイムでの失点・・・。市川に崩され吉田に決められる。今季何度目だろうか・・・。一度染みついた癖というのはそう簡単には直らないようだ。定番とも言えるロスタイムでの失点に、正直あきれてしまった。失点シーンはアビスパ戦と同様、中盤がずるずる下がり相手にスペースを与えてしまっていたのだが、どうしてあの位置で吉田がフリーなのか!そして気になったのは、追いつかれる前に時間稼ぎのチャンスがあったよう見えたことだ。失点する前、左サイドでフリーの森川がボールを持ったが、前にスペースがあり、コーナー付近までボールを運びキープできたように思う。しかし森川は中央のビジュにパスし、ビジュはシュートをうち切れず、結局ボールを奪われ、それからサイドに展開され失点した。結果論かもしれないが、せめてビジュはシュートで終わってほしかったし、その前にフリーの森川はボールキープを選択してほしかった。

これで3試合連続の延長戦。展開としてはどちらが勝ってもおかしくない。ここまでくると見る側としても覚悟を決めるしかなかった。3連続Vゴール負けはさすがに辛いが、そんな悲劇を目の当たりにするかもしれないのだ。ここは覚悟を決め、声の限り応援するしかない。追いつかれてダメージはあったものの、この日は「まだいけるぞ!」という気にさせる何かが残っていた。たとえ負けたしても決して内容は悪くない。「今日は負けても拍手は惜しまない。でも負けるのはもう嫌だ、お願いだから勝ってくれ!頼む!!」祈るような気持ちで見つめる中、延長戦のホイッスルが鳴る。

コンサドーレは延長前半から森下、ビジュに代えて田渕、優津樹を投入。積極的に勝負にでる。この強気な采配はプレーにも表れ、今野、森川があわやVゴールかというナイスシュートを放つ。そんな惜しいシュートに、サポは一瞬腰を浮かせ、ガッツポーズをしかけ、そして、わずかにゴールを外れたボールの行方を見て、大きくため息をつくのだった。確かに危ない場面もあったが、この日のコンサドーレは最後まで攻める気持ちを忘れなかった。そんな指揮官とイレブンの強い気持ち、そして3万を超えるサポの熱い気持ちが今季初のVゴールを呼ぶ。延長前半14分、左サイドでウィルが粘り、大森が入れたボールを堀井が見事にあわせ歓喜のVゴール!「やった!!」その瞬間ドームはこの日一番の大歓声に揺れ、2ndステージの鬱憤をすべて晴らすかのようなお祭り騒ぎとなる。久しぶりの勝利の味はやはり格別だ。ひとつの勝利がこんなにもうれしいものだったなんて・・・。昇格の可能性があるのに、快くエースを送り出してくれたモンテディオに感謝しよう。

誰にも忘れられないゲームというものがあると思う。エスパルスと言えば、やはり98年、二つの苦い敗戦が忘れられないが、しかし、それ以上に強く印象に残るゲームがある。99年のJチャンピオンシップ第2戦が忘れられないのだ。テレビ観戦だったが本当に興奮した。西澤のミスを帳消しにし、崖っぷちからチームを救った澤登のFKは鳥肌ものだった。それはあまたのゴールシーンの中でも忘れられないものの一つだ。あの年エスパルスは安定した戦いを見せ、年間の総勝ち点では1位という結果を残していた。激しい2試合を経て、PK戦でチャンピオンが決まるという初めての事態に、「PK戦なんてやるなよ!」とつい声を上げてしまったことを思い出す。勝者を決めることにどれだけ意味があるのか、と思わせた激闘だった。「両チーム優勝」でもきっと誰も文句を言わなかったはずだし、どうしても優勝カップは一つというのなら、年間総勝ち点で優ったエスパルスにカップを贈りたい気持ちだった。総勝ち点でジュビロを上回りながら、多分に運が絡むPK戦で敗れたエスパルスは、さぞかし悔しかったと思う。

ブラウン管から伝わってくるものは、現場で感じられるものに遙かに及ばないが、それでもあのゲーム、一瞬たりとも画面から目を離せなかった。エスパルスの正統なサッカー、そしてジュビロの勝利への執念・・・。ハイレベルな激闘に圧倒され、「コンサドーレがエスパルスやジュビロとやるのは10年早いな」と心底、思ったものだ。あの年岡田コンサドーレは、昇格候補一番手と持ち上げられながら5位に沈み、辛く惨めなシーズンを終えていた。健闘を称え抱き合う澤登と中山の姿は感動的であったが、その光景は「まだまだお呼びでないよ」とコンサドーレに言っているようにも見えた。99年の12月、サッカー王国静岡では歴史に残る名勝負が興奮を呼び、札幌は惨めに冷たい冬を迎えていた。

あれからまだ2年も経っていないのだ。あの時「10年早い」と気圧された強豪チーム、清水エスパルスのイレブンが肩を落としてセンターサークルに並んでいる。夢ではない。それはコンサドーレが長いトンネルから抜けたことを示す、涙が出るくらいうれしい光景だった。