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Subject: だから「否定」はしていません
From: Dion Berger
Date: 2000年7月30日 21:54:40
Reply-to: あぁ、そうだ忘れてた。 By aki

: : :  ただ100%対120%の戦いをただ観たいのならそれは普通のファン、相手の気勢をそぐサポーティングをするのがサポーターじゃないですか?

: : それは「定義」として決まっている事ではないと思いますね。
: : そうでない「サポーター」がいる事を非とするに足る論理は如何に。

:
:  定義なんて僕は言ってませんよ。

言ってませんね。でも上記の表現はakiさんの理想像ですよね。
だったら定義とnearly equalではないですか。

:  でもそういう意見はここでだけ通用する論理だと思いますね。

だからそれのどこが悪いんですか。

:僕の言う事が理解できないのであれば、各地の降格争いのチームの試合とか、この間の南米予選でのモルンビーとかそういう場所で聞いて見なさいよ。

理解していますよ。
それは正しいんですよ、「そういう場所」では。
その正しさは私も知る所ですが、では逆にお伺いしたい。
それは、絶対普遍にして唯一無二の正しさなのですか。

そういう事をしているのは、そこに至るまでの歴史的経緯と文化的背景があると
言う事をお分かりになられないakiさんではないと思うのですが。
以前のコンサートホールに関する議論を伺った限りでは。
それだけのものがないところで、ただいたずらにそういう行為を許容するのは、
物事の是非の分別のつかないガキ共にサポートもへったくれも関係無くただ暴れ回る
場を与えるに過ぎない事を何故理解されようとしないのか。

それと、もうひとつ付け加えましょう。
元F1ドライバーの中嶋悟氏は、彼が雇ったドライバーには絶対に公道で交通法規
を犯さない事を厳命しています。
その事によって、社会全体がモータースポーツを社会の害悪として迫害される
事を知っているからです。
もちろんそれは、社会の側にモータースポーツへの偏見があるのが理由です。
英国ではセナやマンセルが速度違反で捕まった事はあっても、その事によってモー
タースポーツが迫害される事はありません。

今の日本で、akiさんが許容されるような事は、「サッカー文化とはそういうもの」
という理解よりも、「サッカー文化は社会の敵であり排斥すべき」という論調を
形成する事になるでしょう。


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