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  • Subject: 僕はそうは思わない。
  • From: aki
  • Date: 1999年12月12日 20:24:31
  • Reply-to: 「技術」ということ By Dion Berger


    : まず、何をもって「日本の技術はトップクラス」って評価されているのか私には
    : さっぱりわかりません。代表クラスでも一部を除きパスもトラップもろくに出来ない
    : 選手ばかり(一流国と比べてですけれど)のこの国が、そんな過大評価されているんでしょうか。
    : 例えば現五輪代表は「球扱い」という観点で言えば凄いレベルだと思います。でも、その
    : 彼等にして、五輪一次予選のノープレッシャーの中でトラップミス、パスミスする訳
    : ですよ。それで「世界トップレベル」なんて思いたくはないですね。


     言葉が足りなかったようです。ゲームの中ではともかく、練習でのトラップ、リフティング、パスの能力って事です。つまりそのレベルでは世界に行っても互角以上に通用するけど、いざ試合とかプレッシャーがかかるととたんにダメって事ね。これは以前から指摘されてる事で、練習段階も含めて日本自体に歴史がないって事なんでしょう。


    : ダイジェストに連載されている荒井義行氏の評論って、私は大嫌いなんですけれど、
    : でも、彼の言う所の「技術」の観念は「イコール実力」って言う意味で、
    : その考え方には賛成しています。
    : 例えば今日の天皇杯の中継見ていて思ったんですが、ベルマーレの選手の「個人の技」
    : っていうのは、これは凄いと思いましたよ。
    : でも、なんて言うのか、それこそおっしゃるように「活かす術」っていうのがまるで
    : なっちゃいない。だから14連敗とかになるんだろうけれど、それはやっぱり「技術」
    : がないからだと思うんです。
    : 確かにコンサでも河村の技は良いレベルと言えると思います。
    : 今年最初の室蘭の試合で、試合前のサブ組の練習見て、「これは」と思いました。
    : でも、今の所はきつい言い方すれば、「小賢しい技」に過ぎないと思います。
    : まだ「技術」として評価できるレベルではないように思いますが。
    : 「J1で、いい所はあるけれどそこそこ」の選手が得点王になれるレベルのリーグで
    : (神野選手とその成した業績を貶める意志は毛頭ありません)、「技術のなさ」だけで
    : 否定される程のもんじゃなかったと思っているので。


     神野が得点王取れたのは多分に戦術の勝利でしょうね。つまり「取るべきやつが、取るように出来た」って事ですね。それがコンサにできなかったって事でしょ。
     それにね、そこそこの選手をうまく自分の戦術の中で使いこなせるかどうかが、監督の技量だと思うんだ。リーグが開幕してから、そういう「生かす術」がなかったから埋もれてく選手がいたんで、神野だって二部なら得点王とってもおかしくないですよ。昔よりゴール前でしつこさが出てきてると思うし。
     河村だって岡田の使い方一つだと思うんだ。今年は河村を「岡野にしすぎた」よ。スーパーサブって観念に固執し過ぎだったと思うんです。僕は河村のドリブラーとしてのセンスを評価してます。もう、小賢しいレベルではないと思ってるんです。ゲームにアクセントをつけられる貴重な存在でしょうね。
     平塚の話が出たけど、東京とかだって同じでしょ。ゲームに緩急をつけられない。これって選手とサッカー自体に「歴史」がない。こう言うしかしょうがないなぁ。先生から教えてもらったサッカーから脱却していないんだね。


    : でも、そういう部分を超えた所で、関に感じるものがあるととしたら、そんな情念は
    : それこそ「正しいサポーター」からすれば夾雑物に過ぎないと思いますけど、それを
    : 口に出す事すらいけない事かな、と。
    : 最初のAkiさんの書き方だと「関を誉めるのは阿呆」みたいに読めるんですが、まあ、
    : 関については、過剰な評価ってのは今書いたように結構多数意見としてあったと思い
    : ますけれど、どうせ2部の5位のチームですもん、関のそういう部分まで否定したら、
    : さすがに詰まらんですよ、堅苦しくて。


     あのね、関のハートってのはとても大切なんだよね。でもそれだけが一人歩きしてるような気がする。それだけを見て肝心のプレーを正当に評価してあげないと、プレーヤーは潰れてしまうよ。誰でもない、自チームのサポが厳しい目で見てあげないと。僕はそれがサッカーが文化になっていく事の最初の一歩だと思うし、そうでなければいけないんだと思ってます。
     アメリカで野球を観た時、すごくショックだったのはみんなが球場に来る事そのものを楽しんでる事。そして老若男女遍く人々がよく野球というものを理解している事なんです。ルールはもちろんだけど、先発投手が責任回を投げきれないと自チームのシートからスタンディングでブーイングを食らってるのを目にしたんですよ。そういう観客の目が選手を育てるんだと思う。
     浦和なんかそうジャン。「なんだこのメンツ」って陣容であれだけの活躍してる。今年はダメだったけど。サポーターというか、観ているみんなが選手に甘えを許さないんだね。


    : :
    : :  浦和とかってさ、確かにあまり能力がありそうではないけどきちんとサポの声に応えるし、サポも要求するでしょ。要求するのってのはちゃんと戦術とか総合的にクラブを見れてるって事なんだと思う。実際俺の友達はそうだよ。

    : 私がサポについて触れたのは、「選手」に対してではなく、「フロント」に対しての
    : ものです。
    : どうも日本だと「フロントをサポの力で動かそう」なんていう幻想がはびこっていて
    : 気に入らんのです。そんなに甘いもんじゃないだろうと。
    : それは、「アピールすること」は当然でしょうけど、それで動かせる、と思っている
    : のがアマチャンなんでね。
    : こと日本に関する限り、私は「大衆の力」ってものを信じてませんので。
    : 一見そう見えても、「裏」だと思ってますから、真の原動力は。


     確かに日本の場合、「フィクサー」が実験を握る世の中です。それは否定しません。ただ、Jリーグってのが多数で何かを変えていこうっていう思考でしょ。今までの企業中心ではなく、実際に利用している人達の力で何かを成し遂げていこうって考えじゃないですか。
     多数の人間の行動を否定してしまったら、フリエの活動も否定されてしまうし、これからのサッカー文化も前途多難ですよ。今までは多数でも変わらなかったけど、これからは間違いなく変わって行くと僕は思ってる。そうじゃなければベアフットとか他の小さなクラブがこれほど生まれて来る事はないよ。

    : それを「甘やかし」と勘違いするような選手は、どのみち自滅しますって。
    : 名塚や梶野、洋平辺りは多分十分に屈辱を感じているように見えます。
    : 日本でひとつくらい、アマチャンと言われようが、そういうのがあってもいいと
    : 思ってますけどね。それで、一年に一度だけでも「怒り」を見せれば、効果は倍増
    : するだろうし、その「怒りのタイミング」でサポの真価を問えばいいんだし。


     僕は選手に高い倫理性を期待していないんですよ。声援を屈辱に、みたいなね。僕は逃げ腰になった選手をもう一度ピッチに向けさせるのがサポの仕事(言葉がおかしいな)と思ってるんです。それが出来なかったから、あんなに局面で弱かったと思う。逆に言えば、大事なところでいつも負けてた清水が、局面の対決を重要視するペリマンを監督にしてから優勝できたでしょ。優勝した時の彼のインタビューなんか爽快だった。「局面での戦いに勝利できたから、この優勝がある」こんな事言う監督なんてはじめて見た。

     一年が終わってからぐだぐだ文句言ってもしょうがないんだよね。そのシーズンに結果を残せなければいけないんだからさ。そういう意味で俺は名塚を評価しない。今年最初は確かに頑張ってたけど、途中からコンサ特有のヌルさにどっぷり漬かってた。その点梶野と佐藤は前のチームをクビになったっていうのがプレイに現れてる。梶野はもう技術がついて行かないけどね。

     とにかく僕はこう思ってます。集団のお話しは尚更ね。


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