| (最終更新日:03/16/03) | ||
この日、横浜国際総合競技場にて2002W杯の決勝戦がおこなれ、日韓両国を興奮の渦に巻き込んだ約1ヶ月にわたる宴が閉幕した。札幌でもグループリーグ3試合が行われ、空席チケット問題などがあったものの、熱戦が展開された。
前評判の高い強豪国が、次々と脱落していく波乱の大会となった本大会。それでも最後まで残ったのは、ブラジルとドイツの伝統国。W杯常連国ながらこれまで両国の対戦は一度もないという、W杯七不思議にあげられるほどだったが、決勝戦という晴れの舞台で、初顔合わせとなった。軽く雨の降る中、試合は前半双方一歩も引かず、引き締まった見応えのある展開を見せる。後半も終盤になって、ドイツの守備のわずかな乱れを見逃さずブラジル、ロナウド選手がこの四年間の試練を払拭する歓喜のゴールをあげると、その数分後、追加点もあげ、このままブラジルが逃げ切った。21世紀最初の世界チャンピオンには、王国ブラジルが輝き、五度目のチャンピオンとなった。
初のアジア開催、初の共催形式になった本大会、これまでW杯での勝利がない日韓両ホスト国は、グループリーグで記念すべき初勝利をあげると、ともに初の決勝トーナメントに進出。日本は残念ながらベスト16止まりとなってしまったが、韓国に至ってはアジア勢初の準決勝進出を決めた。予選を突破してきた中国とサウジアラビアは沈んでしまったが、アジア躍進を印象づけた大会でもあった。同時に、マーケティング問題、チケット、誤審問題など、現代サッカーが抱える問題点が大きく衆目にさらされた大会ともなった。
ともに好成績を残した両ホスト国、今後は、本大会に向けて準備してきた代表強化が、今後も継続できるかが焦点となる。次回大会はドイツで2006年。今度はアウェイの大会といってよい環境で、今回と同じ成績をあげることが次の目標となる。
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この日、HFCは冨樫剛一アシスタントコーチがHFC育成部コーチへの異動を発表した。冨樫コーチは、96年−97年コンサドーレ札幌の選手として活躍後、引退。指導者の道に入り、ヴェルディ川崎(東京ヴェルディ)でトップ、ユースなどのコーチなどを経て、今年コンサドーレのアシスタントコーチに就任した。
今回の異動でコンサドーレ札幌育成普及部の所属となり、三浦雅之ユースU-15監督の下、U-15コーチを努めることになる。
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6/18から6/23までの6日間、札幌の街を舞台として第11回YOSAKOIソーラン祭りが開催された。コンサドーレのメインスポンサーでもある石屋製菓が毎年イシヤチョコレートファクトリー会場を特設ステージに提供することもあって、今年も石屋がスポンサードする『コンサフリーク〜北海道武蔵女子短期大学〜』チームが祭りに参加。同チームの参加は四年目になる。
また、最終日には、イシヤチョコレートファクトリー会場にて、藤ヶ谷陽介、山瀬功治、今野泰幸選手によるイベントが実施。同選手らによるクイズ大会、サイン会、コンサドールズのパフォーマンスなどが行われた。
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6/8から6/16までの週末を利用して、夕張平和運動公園にて第5回北海道クラブユースサッカー選手権(U-18)大会が開催された。3チームが参加しての総当たりで行われた同大会。コンサドーレ札幌は見事全勝をかざり、6年連続で全国大会への出場権を得た。
大会二日目の6/15に、札幌ベアフットユースと対戦したコンサユースは11-1で一蹴。大会最終日に、初日に札幌ベアフットを倒したリーヴFCヴォ−テックスと、優勝をかけての対戦に臨んだ。双方、様子見の手堅い戦い方で試合を進めるも、コンサがあげた1点を守りきり、1-0で勝利。全勝となり、この大会昨年に続き優勝を飾った。大会最終結果は、優勝:コンサユース、準優勝:リーヴFCヴォ−テックス、三位:札幌ベアフットユース
創設6年目に入り安定してきたコンサユースに対し、今年が創設三年目ながら全学年が初めてそろったリーヴFCヴォ−テックス。一方、名門のベアフットユースは世代交代の谷間にはまり、上級生がほとんどいない状態で若いチーム。毎年、学年ごと選手が入れ替わるユースチーム運営は難しいとはいえ、チーム事情と勢いがそのままでた大会結果となった。また、昨年誕生、初参加したFCプログレは今年は不参加。また今年は不参加だったものの帯広に新たに帯広FCのユース(1種の帯広FCの下部組織にあたる)が誕生し、北海道の2種のユース世代のチームは徐々に増えつつある。是非ともすべてのクラブが大きく育っていってほしいものである。
コンサドーレ札幌ユース(U-18)は、7月末に開催される第26回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)大会(福島/Jヴィレッジにて)に出場する。
※豆知識:JFAに登録されているサッカーのクラブチームは5種類に分類されます。ただしJリーグ、JFL所属のトップチームはのぞかれます。1種:大学生以上社会人含む、2種:高校生世代(U-18)、3種:中学生世代(U-15)、4種:小学生以下(U-12)、女子:女子
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この日、HFCは新しい監督としてイバンチェビッチ・ラドミロ監督が就任したことを発表した。成績不振を理由に6/3に解雇された柱谷前監督の後任として、チームの再建を任せることになる。同監督は、プロのサッカー選手としてキャリアを終えたのち、指導者の道に入った20年のベテラン。その間ひたすらコーチを努め、現場一筋のプロフェッショナルな感がする新監督の就任となった。
以下、発表された監督の就任記者会見コメントとプロフィール。
イバンチェビッチ監督:
『私が何のために札幌に来たのか、仕事は何なのか、責任は何なのかということについては明らかです。それはコンサドーレ札幌をJ1に残留させることです。コンサドーレ札幌がJ1最下位なのは事実でありますが、ここ数年、私は3つのチームの再建を依頼され、結果、そのチームは1部リーグに残留することができました。Jリーグ再開まで1ヶ月しかありませんが、その1ヶ月をどう使うかは私たち次第であって、敗者を勝者に変えるには十分な期間、非常に大きな変革も可能であると思っています。基本構想は、ディフェンスの更なる強化、アグレッシブさの強調、そして90分を戦い抜ける体力の3つ。選手一人一人の身体的能力も向上させていかなくはならない。その為には、毎日どれだけ一生懸命努力できるかということ。今後、選手に話していくことには3つのポイントがあります。1つは私の考えてる基本的な構想、2つめは自分たちが何をプレーしなければならないか、3つめはそれをどうやってプレーするかという話をしていきたい。苦しい練習の中で選手は段々と自分に自信がでてくると思います。私のやり方でやって問題を解決していきたい。一番大事なことはフットボールというひとつの仕事を選手たちと私が一緒にやっていくのだということです。サポーターの皆さんの力強い応援をよろしくお願いします』■イバンチェビッチ・ラドミロ:1950年9月4日生まれ、ユーゴスラビア出身。
経歴:
・選手歴:・代表歴:オリンピック代表1回
- 67-70:FCタコヴォ・ゴルニイ・ミラノヴァッツ(ユーゴスラビア)※3部リーグ
- 70-75:FCシュマディア・アランヴァッツ(ユーゴスラビア)※2部リーグ
- 75-77:FCパルティザン(ユーゴスラビア)※1部リーグ
- 78-80:FCフェネルバッチェイスタンブール(トルコ)※1部リーグ(チャンピオン)
- 82-83:FCグリーブランドフォースUSA(アメリカ)※1部リーグ(チャンピオン)
・他:・指導歴:
- 78-79:チャンピオンズリーグ、パルティザン時代(ヨーロッパ)
- 77-78:チャンピオンズリーグ、フェネルバッチェ時代(ヨーロッパ)
- 78-79:カップウィナーズ、フェネルバッチェ時代(ヨーロッパ)
- 83-84:FCシュマディア、アランジェロヴァッツ(ユーゴスラビア)※ヘッドコーチ
- 84-88:FCカズマ(クェート)※ファーストチームコーチ
- 88-90:クゥエートナショナルチーム※アシスタントコーチ
- 90-91:FCパルティザン(ユーゴスラビア)※アシスタントコーチ
- 91-93:クゥエートナショナルチーム※アシスタントコーチ
クゥエートナショナルオリンピックチーム※コーチ- 93-96:FCレアルオヴィエド(スペイン1部リーグ)※ファーストチームコーチ
- 96/7-98/6:FCアポップファフォス(キプロス1部リーグ)※ヘッドコーチ
- 98/7-99/5:FCラドチキニーシュ(ユーゴスラビア1部リーグ)※ヘッドコーチ
- 99/6-00/6:FCアエク(キプロス1部リーグ)※ヘッドコーチ
- 00/2-00/6:オフカベオグラード(ユーゴスラビア1フ部リーグ)※ヘッドコーチ
- 00/6-01:FCレアルオヴィエド(スペイン2部リーグ)※ファーストチームコーチ
- 01-02/6:FCレアルオヴィエド(スペイン2部リーグ)※コーディネーターマネージャー
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この日、HFCはボージョビッチコーチが就任したことを発表した。ユーゴスラビア出身の同コーチは、かつてコンサドーレがJリーグにいた98年にアビスパ福岡でプレーしたこともあり、二度目の来日。この日、ユーゴ出身の新監督の発表も行われ、同監督が右腕として連れてきた格好。
ボージョビッチ:1968年6月22日生まれ
・選手歴:・指導歴:
- 86-92:ブドュチュノスト・ポドュブリッツァ(モンテネグロ1部リーグ)
- 92-94:FCレッドスター(ユーゴスラビア1部リーグ)
- 94-96:ペタガヤ(ジャカルタ1部リーグ)
- 96-97:アポップファフォス(キプロス1部リーグ)
- 97-98:RKCヴァールヴァイク(オランダ1部リーグ)
- 98-99:アビスパ福岡
- 99-00:RBCローセンダール(オランダ)
- 01-02:ベオグラードFC(ユーゴスラビア2部リーグ)
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この日、HFCはバーヤック・スルジャン選手(FW、登録名:バーヤック)を獲得したことを発表した。ユーゴスラビア出身の選手で、コンサドーレにとっては、初のユーゴスラビアの選手となる。また初年度の96年以来の欧州籍の選手となる。
バーヤック・スルジャン:1978年11月25日生まれ、身長/体重:179cm/74kg。ユーゴスラビア出身、経歴:FCラドニチキ・シィード(86-94;2部リーグ153試合48ゴール)−FCパルティザン(FCテレオプティック※1)(94-02※2;173試合37ゴール)
※1:FCテレオプティックはFCパルティザンの2ndチーム。 ※2:この間以下のチームのレンタル。
2000.1-2000.6:FCラドニチキ・クライェヴェッツ(1部リーグ14試合2ゴール)
2002.1-2002.5:.C.ブデュチェノスト・バンドヴォール(2部リーグ15試合8ゴール)
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この日、HFCは柱谷哲二監督を解任したことを発表した。今年のJ1リーグは、W杯による中断前までに7試合を消化。この間、コンサドーレ札幌はわずか1勝しかあげられず16チーム中最下位に沈んでいる。フロントはこの中断期間を利用してチーム改造に着手、すでに、オフに獲得した新外国人選手二人を解雇。そしてこの日、柱谷監督の解雇に踏み切った。コンサドーレにとってシーズン途中での監督交代は、98年秋に解雇されたフェルナンデス監督以来、二度目。
今後は新たに新監督を迎える予定。それまで、張外龍コーチが監督代行する。
柱谷監督の成績:J1リーグ戦1勝6敗、ナビスコカップ1勝3敗2引分け。以下、発表されたHFC社長の公式コメント。
■株式会社北海道フットボールクラブ社長 田中良明『昨日(6/3)付けで柱谷哲二氏を解任いたしました。解任の理由は成績不振によるものです。目標であるJ1残留を果たすため、クラブとしてはW杯による中断期間を活用し、最大限の努力をしなければなりません。その一つが外国人選手の補強であり、もう一つが指導体制をどうするか?という問題でした。柱谷氏の続投も含め、いくつかの選択肢があり、内部での議論も尽くしましたが、新監督を招聘するという結論に達しました。新監督が決定するまでは、張コーチに代行という形で指揮をとってもらうこととなります。今シーズンの成績に関して言えば、柱谷氏ひとりの責任ではなく、フロントの責任でもあります。また、若手選手を登用し、その才能を発揮させてくれたという点など、高く評価できる面もあります。しかし、チームのおかれた状況を考えると、今回の決断をせざるを得ませんでした。柱谷氏については、今後も日本サッカー界においての活躍を期待しております。これからはJ1残留に向けて、チーム一丸となり全力を尽くして戦っていく所存です。これまでにも増して、皆様方のご声援を宜しくお願いいたします。』
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