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小話1998

98.12.06
「【寄稿】強者どもの夢のはじまり by 古谷 忠典さん」


 コンサドーレオフィシャルサポーターズクラブ『トルシーダ・デ・ムロラン』の古谷忠典さん(室蘭出身)が、コンサドーレメーリングリストに寄稿した文を、ご本人の許可を得て転載させていただきました。J1参入第3チーム決定戦第2戦、コンサドーレ札幌−アヴィスパ福岡との試合が終わった日の深夜に書かれたこの記事は、あの悲劇となった試合そのものの話ではなく、それに携わる人達、試合前後の様子を良く現しています。静かな夜、一人でじっくりお読み下さい。



強者どもの夢のはじまり by 古谷 忠典さん


 古谷@室蘭#モバイル中です。

 あの試合の後、室蘭は吹雪になりました。試合の間、よく天気が崩れずにもってくれました。*1

 今、私は室蘭入江陸上競技場のバックスタンド裏の駐車場にいます。

 天気は試合前日と同じ薄曇り、あの前日の夜を思い出します。しかし今、グランドは一面の雪です。これだけの広い面積を2日がかりでボランティアが除雪したとの事、信じられません。北国でも多くの人の努力でサッカーが出来ることを証明した一日だったのかもしれません。*2

 あの前日の夜と違うのは、ゴールポストやその他の物が一切ないこと、、、たぶん徹夜でグランドの状態、雪の有無を見張っていた事務所に明かりはなく、人影もないこと。そして、カンバッチでつくったVのマークを胸に秘めていた雪だるまが、真っ白なグランドを見つめていること、、、。
 もうあの日が帰ってこないことを実感させられます。そして、大切な一歩を踏んだことを実感します。私たちは試されているのです。

 試合中に帰った人やメガホンを投げたのは、たぶん室蘭の人です。サッカーに携わる人が多いので、かなり厳しい目で試合をみています。また、めずらしもの見たさで来た人も多かったと思います。聖域-厚別とは違う人たちが多いのが現実です。
 しかし、あの試合を見てファンクラブへ入ろう、どんどん応援したい、と言い出す室蘭の人が増えています。驚くべき事です。札幌以外の町に「チームの存続にかかせない」サポーターが確実にまた増えたのです。帰りによった地元のラーメン屋で函館からきたサポーターにも偶然あいました。

 コンサドーレはホームアイランドを持っているのです。

 地元テレビ局STVのFAXによる応援メッセージの紹介でも、北海道中からメッ セージが集まっていました。*3
 日本全国(台湾も?)にサポーターが散らばっていて、それぞれが、みんな前を向いて応援しているのです。
 ベルディやフリエ、JEFとは違うのです。サポーターがいるのです。コンサドーレを絶対に潰しません。いや、潰させません。

 スポンサーからの収入は今年に入って減っているそうです。しかし、スポンサーとなる企業の数は増えたそうです。企業は、この北海道のどん底の不況の中、出したくてもお金が出せないのです。でも、サポートしたいと思う気持ちはあるから、数が増えているのだと思います。コンサドーレのスポンサーは、スポンサーではなく、もう一つのサポーターだと思います。*4
 フリエの一件で私は全日空には乗らないという気持ちがより一層強まりました。名前を消さない、そして、たった10万円でも100万円でも支援をすることはできたはずです。でも極秘裏に話を片づけました。ゆるされません。きっとコンサドーレのスポンサーにはこんな所はないと思います。佐藤なんとか、というゼネコンの方が礼を尽くしてフリエから撤退したと聞いています。すくなくともコンサのスポンサーは、そういう撤退の仕方をすると思います。ない袖ふれないというのも悲しい現実ですから。

 今回、仙台ではなく、室蘭で試合を強行開催する意味を知りました。これこそJリーグの理念です。J2規格を満たすために反対を押しきって競技場の改修を急遽行い、そして芝生のダメージ、除雪の苦労、駐車場の問題を乗り越えて、この時期に試合を開催した室蘭市も、ホームアイランドのホームタウンとして札幌同様、コンサドーレを支援する地域の姿をあらわしたと思います。*5

 Jリーグ屈指のサポーター、地域のサポート、石屋製菓をはじめとしたサポーターに近いスポンサーがいるかぎりコンサドーレは不滅です。そして、サポーターのありかたを教えてくれたフェルナンデス監督、そしてチームを育てる能力をたぶん日本で一番持っているであろう−J1、J2に限らず来てくれるという−岡田監督、、、そしてグランドに泣き崩れてドーレ君に抱きかかえられる選手、、、試合に敗れたとしてもサポーターとして恥じることなく勤めを果たしたと、選手としてサポーターを称えてくれる−解雇通告を受けている−ディドの拍手、、、バウテルのFK、、、ペレイラのファイト、、、、。

 泣きそうになりながら、悲鳴にも似た声援を送っていたサポーターの試合後の絶句、、、サポーターであることを後悔してしまいそうな苦しさ、、、サポーターの前に歩みでて、言葉すら出ず深深と頭を下げることしか出来なかったフロント、、、アビスパのコンサドーレのコールを聞いて、複雑な心境になったけど、同じサポーターとして、やっぱり堂々と大きな声でアビスパコールを返して、、、そしてフロンターレコールを聞いてアビスパの気持ちを理解して、、、みんなでなぐさめあって、そして前向きに、最後は元気にコールを送って笑顔で来年の再会を誓って、、、、

 ここにいると、あの時のことが、思いが、込み上げてきます。
 たった一日で雪につつまれたピッチを、、、観客席を見ていると、、、、。

 決してあきらめない、どんな事があっても、どんなに不利であっても、Dream Come Ture、夢ははじまったばかり、自分そして自分の子供たちにスポーツの素晴らしさ、誇りを持つ意義、ひたむきさ、努力の大切さ、目的を達成したときの喜び、立場を越えて応援・支援する姿、悲しみと喜びと共に生きるということ、、、
 コンサドーレは、それを教えてくれる大切な存在です。

 コンサドーレは私たちの一部です。私たちが死なない限り、この思いが人へ自然に伝わる限り、コンサドーレは決してなくなりません。

 コンサドーレのサポーターであることを今、本当に誇りに思います。

(以上記事:古谷忠典さん)








独断と偏見によるWEBマスターの解説

古谷さんの素晴らしい文章は、何も言わずそのまま読んでいただくのが一番良いのですが、私がこの文に感動したのは、以下のような背景があったからです。地元の方には、知られたことかもしれませんが、とにかくこの日の試合は結果はともかく、大変だったのです。

*1:この日、室蘭地方の天気予報は雪。しかし、北海道の空はサッカーを応援するみんなのことを考えてくれたのか、正午から開始された試合の間、何とか持ちこたえてくれた。雪は、試合終了後から、空に舞い始めた。

*2:この季節にはめずらしく、試合の行われる週に室蘭でも雪が降った。そのため、競技場の準備をする人達、室蘭サッカー協会の人達は総出で、2日がかりで除雪。さらにピッチ全体の芝生をシートで覆い、もしもの積雪に備え、この日の試合を準備してくれた。

*3:この日の試合はNHKーBS、SPORTSアイなどの衛星系の中継の他に、北海道では地元地上波のテレビ局STVが生中継を行ってくれた。

*4:昨年のスポンサーは10社前後。今年は20社前後。また、スポンサーとは違うが、コンサが地元からサポートされていることを現すものとして出資企業(株主)の数の多さがある。以下は朝日新聞からの転載。さらにコンサの場合、市民株主からの出資もあり、これが実に資本金全体の10%にも及ぶ。一社当りの額は少ないかもしれないが、コンサドーレに、いかに多くの地元企業の願いが託されているかがわかる。

*5:積雪で使えなくなる厚別の代わりに、どこで開催するのかというのはシーズン前から問題になっていた。最終的に室蘭と仙台が残り、結局室蘭での開催となった。室蘭は、コンサのホームゲーム開催に意欲的に取り組んでくれた自治体の一つで、リーグ戦開幕当初の開催試合が終わった後に、スタンドの改修工事が行われた。工事費に多額のお金がかかるため、地元では反対もあったと聞く。また、厚別もそうだが、冬を迎えるこの時期、試合を行うということは、芝をかなり痛めることを意味する。通常、越冬に備えて、芝を真冬に突入する際には、芝を一カ月くらい養生しなければならない。その後、シートなどで保護し、積雪や氷点下にそなえる。さもないと、来春、温かかくなってからも芝が育たず、まったく使い物にならない。これは、厚別だけでなく、時期が多少ずれるだけで、室蘭でも同じで、この時期のスタジアム使用は来春早い時期の使用ができなくなるかもしれないことをあらわしている。それでも、室蘭は、コンサのためにホームを北海道で開けるよう、スタジアムを用意してくれた。といわれている。




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