| (02年11月19日) | ||
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4-4-2システムというのは、文字どうり、DF:4人、MF:4人、FW:2人で構成するフォーメーションのことです。現在のサッカーでは、一番ポピュラーなシステムです。90年代のJリーグでは、ほとんどのチームがこのフォーメーションか、これの変形型を採用しました。図に示したように、DFの四人は、横一列にならんだフラットな配置を取ることが多く、一般にゾーンディフェンスの形態を取ります。MFの四人は、大きく分けると攻撃的MFと守備的MFに分かれますが、四人の配置は様々な形を取ります。左側は守備的MFを2人置くダブルボランチシステム。右側はMFの四人が菱形に位置するダイヤモンドフォーメーションです。FWは二人で、俗にツートップと言われる配置です。
3-5-2システムというのは、文字どうり、DF:3人、MF:5人、FW:2人で構成するフォーメーションのことです(右側)。4-4-2同様、現在のサッカーでポピュラーなシステムです。97年、98年のコンサが採用したシステムです。図に示したように、DFの3人は、三角形の配置を取ることが多いです。前の二人はストッパー(あるいはセンターバック(CB))とも呼ばれ、敵のツートップのFWにマンツーマンでマークにつきます。後ろの一人はリベロ(自由な人の意)と呼ばれ、マンツーマンでマークする相手を持たず、守備全体のフォローにあたります。また、場合によっては、攻撃参加も行います。MFの5人は、大きく分けると攻撃的MF、守備的MF、サイドのMFに分かれ、特にサイドのMFは、ウィングバック(WB)と呼ばれ、ウィングの仕事もするがバックスの仕事もするという選手です。中盤のMF3人の配置は様々な形を取ります。FWは二人で、俗にツートップと言われる配置。
サッカーは19世紀に最初のサッカー協会が作られ、その後現代に至るまで、発展を続けるのですが、このころのフォーメーションは右図のようなものでした。FWが五人、中盤には今でいう、DFとMFを半々ぐらい担当するhalf backが三人。DFは実質二人です。今風にいえば2-3-5、超攻撃的な布陣です。攻撃は、フォワードの5人に中盤の3人を加えた8人で行い、守備は、バックの二人に中盤の3人を加えた5人で行うというもの。
1926年に行われたオフサイドに関するルール改正というのは、それまで3人の相手選手が必要だったものを、現在のように二人でいいというものに変えたこと。このたった一人の変更が、それまでのシステムを全く役に立たないものに、してしまいました。それまで、オフサイドにより、中盤からのパスによる突破が制限されていたものが、ルール改正によりなくなり、どんどん繋がるようになったため、点が入る入る。最初のシーズンの試合では、野球のようなスコアになることも多々あったということです。
ブラジルのペレ選手が活躍した頃、フォーメーションも次の時代に変わるときがやってきました。ブラジルが、1958年(スウェーデン大会;左)、1962年(チリ大会;右)とW杯を二連覇したときのフォーメーションがそれです。従来、5人で攻撃、5人で守備となっていたのを、中盤の選手を二人にすることで、6人で攻撃、6人で守備というものに変えたものでした。このシステムで、ブラジルは、1958年(スウェーデン大会;左)を制しました。ただし、このシステムでは、中盤の二人に要求される仕事が多大過ぎて負担が大きいということで、4年後の大会では、中盤を三人にした4-3-3というシステムに変更になっています。その四年後、イングランド大会(1966)を制したイングランドもこのフォーメーションを採用していました。
ブラジルが、新しいフォーメーションで世界を席巻している頃、イタリアでも新しいフォーメーションが生まれました。カテナチオ(閂;かんぬき)システムとして知られる超守備的システムです。これは、四人のディフェンスの後ろに、守備専門の選手(スイーパーと呼ばれます)を置き、その四人のDFで守りきれず、こぼれてきた選手やボールを処理するというものです。まず守って、カウンターにかける超守備的なフォーメーションでしたが、このシステムを採用したイタリアのクラブチーム、インターミラノは1964、1965と二年続けてヨーロッパチャンピオンカップを制し、世界クラブカップも制したのでした。
現在では、世界の主流は、大きく、4-4-2、3-5-2にわかれます。1960年代のフォーメーションに比べると、FWの選手を減らして(二人にして)、中盤の選手を多くしています。これら以外にも、4-3-3、3-4-3、4-5-1などがありますが、先の二つに比べると採用しているクラブは少ないです。
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